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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)2699号 判決 1961年10月20日

原告

柏崎俊雄

外三名

被告

水野繁三郎

外一名

主文

被告両名は各自、原告柏崎俊雄に対し金三〇、〇〇〇円を、原告柏崎節子に対し金一〇、〇〇〇円を、原告柏崎栄一郎に対し金二四、八〇〇円を、原告柏崎つよゑに対し金二〇、〇〇〇円を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告等、その余を被告等の各連帯負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告両名は連帯して、原告柏崎俊雄に対し金一〇〇、〇〇〇円、原告柏崎節子に対し金二五、〇〇〇円、原告柏崎栄一郎に対し金七七、五八〇円、原告柏崎つよゑに対し金一四七、二〇〇円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告柏崎俊雄は原告柏崎栄一郎とその妻である原告柏崎つよゑの次男、原告柏崎節子は同じく長女であり、昭和三〇年一二月二三日当時、原告栄一郎は大阪市住吉区墨江西三丁目一九番地の自宅でビニール加工業を営む傍ら、原告つよゑと共同して同市西区立売堀南通四丁目一五番地日生市場内で果物店を営んでいたものであり、被告水野繁三郎は牧場を所有し肩書地で牛乳の販売業を営み、被告北田高男は被告水野に雇われ同人の営業上使用する三輪トラツクの運転の業務に従事していたものである。

二、昭和三〇年一二月二三日午後一時半頃、原告俊雄(当時満六歳)と原告節子(当時満四歳)が前記自宅軒下で莚蓆を敷いて遊んでいたところ、同時刻頃、被告北田が前記三輪トラツクの洗車を終えて帰り、前記被告水野方店舗前路上に駐車したが、洗車してからの帰途車のエンジンの調子が悪かつたので、洗車の際エンジンに水が入つたためではないかと考え、これを調べようとして、車の右外側から左足で車の右外側から左足で車の右側にあるセルモーターを踏み、右手で右ハンドルに装置してあるアクセルを廻して起動させ、エンジンを強く吹かしたところ、突然右車が発進し、駐車位置から右斜前方一三米離れた位置にいた前記原告両名を突き倒し、なおも車は原告方家屋右端の柱に車体右側を擦過しつつ進み、その五米前方の訴外北村貴三郎商店の表ガラス戸を突き破つて停止した。

三、右事故は、被告北田が右エンジンの点検に当つて、ギアをニユートラル(停止)に入れてあつたかどうか、車の左右前方に注意を要するものがないかどうかに配慮すべきであるのにかかわらず、全然これに意を用いなかつたため、ギアがたまたまローに入つていたことを看過した点検上の過失と、車の発進後同被告が危険を知りながらブレーキをかけず、かつ、前記原告両名の存在を無視してハンドルを右に切つた操縦上の過失に因るものである。

四、ところで、本件事故は、前記のとおり被告水野の営業上使用する三輪トラツクの運転手として雇われていた被告北田が、右車のエンジンの点検操縦中その過失によつて発生されたものであるところ、およそ被用者たる自動車の運転手が車のエンジンを点検することは、本質的にその職責に属するものであるから、常に雇主の事業の執行として又はこれと常連してなされるものというべく、従つて、本件事故も被告水野の事業の執行について発生したものというべきである。

なお仮りに、本件事故が被告主張のように被告北田が映画館(墨江映画劇場)に弁当を持参した際に発生したものとしても、右弁当の持参は被告主張のような被告北田の全く私的な行為というものではなく、被告水野の事業の執行である。即ち、右映画館は被告水野が経営し、同人の妻がその切附売りを担当しているのであるが、同女の昼食は主家の命により毎日家人又は雇人が交々自宅から弁当を届けることになつており、当日は被告北田がその役に当り本件三輪トラツクに乗つて被告水野方から同映画館まで運搬したものであるから、正に被告水野の事業を執行したものというべく、又、右弁当運搬か被告北田の本来の職務外の雑務であるとしても、同被告の職務分担が判然明定されていない本件においては、なお被告水野の事業の執行というをはばからないものである。しかして、本件事故は右弁当運搬の直後に発生したのであるから、被告水野の事業の執行について発生したものというべきである。

そうだとすると、被告北田は自己の不法行為に基き、被告水野は被告北田の使用者として、両者連帯して本件事故によつて蒙つた後記原告等の損害を賠償すべき義務がある。

五、しかして、右事故により、原告俊雄同節子は共に顔面蒼白となつて言語を発せず、瀕死の重傷と見えた(後に、俊雄は脳震盪症、腹部急症及び腹部挫傷、節子は右第一趾骨部挫創と診断)ので、右俊雄は直ちに附近の森田医院で応急処置を受けた後、右両名は同日から同月二六日まで大阪市住吉区長狭町七番地越宗外科病院に入院し、更に同月二七、二八日は通院して治療を受けたが、原告俊雄は経過が悪くて肝炎を併発し、翌三一年一月一三日から同月三〇日まで大阪大学医学部附属病院小児科に通院治療を受けたため、原告栄一郎は父として左記(一)記載のとおり治療費、病院への交通費及び食事等合計金一〇、七八〇円を支出し、原告栄一郎及び原告つよゑは、右看護のため前記同人等共同経営にかかる果物店の営業に専念できなくて左記(二)記載のとおり右営業による得べかりし利益を喪失し、原告栄一郎については右(一)、(二)の合計金二七、五八〇円、原告つよゑについては金九七、二〇〇円の損害を蒙つた外、更に、原告俊雄同節子は前記負傷により多大の肉体的苦痛を受け、特に俊雄は今日なお平常の健康に復しない状態であり、原告栄一郎同つよゑは愛児の負傷に当時は気も顛倒してなすところを知らず、前記治療期間中も測り難い精神的苦痛を蒙つたので、以上原告等の苦痛は前記負傷の程度及び原告栄一郎の社会的地位(前記果物店により月収九〇、〇〇〇円、前記ビニール加工により月収三〇、〇〇〇円の所得を有する。)を考慮して、原告俊雄については金一〇〇、〇〇〇円、原告節子については金二五、〇〇〇円、原告栄一郎同つよゑについては各金五〇、〇〇〇円をもつて慰藉されるのが相当である。

(一)  原告栄一郎の支出した費用明細。

1、本件事故当日、立売堀と前記越宗病院間の自動車代四八〇円、同病院における原告等四名の昼食代三七〇円、同夕食代六二〇円、2、翌二四日、恵美須町と立売堀間の往復自動車代三二〇円、同病院における原告等四名の昼食代四〇〇円、同夕食代六五〇円、3、翌二五日、前同区間往復自動車代三二〇円、前同昼食代五八〇円、同夕食代五九〇円、4、翌二六日、前同区間自動車代三一〇円、前同昼食代七〇〇円、同夕食代六〇〇円、5、翌二七日、前同区間自動車代一六〇円、前同昼食代五七〇円、6、翌二八日、住吉病院への自動車代一六〇円、同病院での処置料三二〇円、7、翌二九日、前記越宗病院での原告節子の治療代三〇〇円、同病院交通費八〇円、8、翌三一年一月四日、恵美須町と前記阪大病院間の往復自動車代六六〇円、9、同月一〇日、前同区間自動車代及び昼食代(原告栄一郎、俊雄、節子分)九八〇円、1〇、同月一三日、前同八六〇円、11、同月一六日、阪大病院における薬代交通費その他七五〇円、以上合計金一〇、七八〇円。

(二)、営業による得べかりし利益の喪失。

原告栄一郎同つよゑは、前記共同経営の果物店に揃つて毎日通勤し、一日平均共同収入一二、〇〇〇円を挙げていたのであるが、本件事故による愛児等看護のため、店を早仕舞又は欠勤せざるを得ず、原告栄一郎は事故当日から同月二七日まで及び翌三一年一月五、六日の計七日間、原告つよゑは事故当日から同月二九日まで及び翌三一年一月から同年三月一五日まで計八一日間、いずれも平常どおりに店に出勤することができず、このため、原告栄一郎の場合は右共同収入の二割即ち一日金二、四〇〇円右七日間合計金一六、八〇〇円の減収となり、原告つよゑの場合は同一割即ち一日金一、二〇〇円右八一日間合計金九七、二〇〇円の減収となつた。

六、よつて、原告等はそれぞれ被告両名に対し、以上原告等の蒙つた損害につさ、請求趣旨記載のとおり賠償金の支払を求めるため本訴に及んだ。

七、被告主張(第四項)事実中、被告水野が治療費、見舞品等合計金六万数千円を支出したとの点はその額を争う。即ち、原告等が被告等から贈られたものは、被告水野について、事故当日炭一俵(五〇〇円相当)、果物一〇〇相当、同月二五日クリスマス飴五〇円相当、翌三一年正月お年玉二〇〇円、同月一一日阪大病院通院交通費及び食事費一、二〇〇円、同月一三日交通費六〇〇円、牛乳代(約一ケ月)二、二〇〇円、越宗病院入院及び治療費五、三八二円、合計金一〇、六八二円、被告北田について、果物一〇〇円相当、菓子二〇〇円相当合計金三〇〇円である。

と述べた。(立証省略)

被告両名訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、請求原因第一項の事実中、原告等の身分関係、被告水野が牧場を所有し、肩書地で牛乳の販売業を営み、被告北田が被告水野に雇われ三輪トラツクの運転手であつたことは認めるがその余は争う。

二、請求原因第二、三項の事実中、原告主張の日時に被告北田の運転する三輪トラツクによつて事故が発生したこと、原告俊雄同節子が負傷したことは認めるが、その余はすべて争う。右事故は、被告北田が牧之瀬年朗方路上において右三輪トラツクを駐車し、そのエンジンの調子を点検しようとして、車の右外側から左足でセルモーターを踏みエンジンをかけた瞬間車が動き出したので、乗車態勢にない同被告は身体の自由を欠いたままブレーキを踏まんとしたところ、前方から自転車が来たように思いこれを避けようとして突嗟にハンドルを右に切つたが、車はそのまま進行し、北村方の硝子戸に衝突して停止した(その間、同被告は原告家右端の柱と車に狭まれ、左側腰骨創傷及び打撲傷を受けた)ものであるが、この原因は、同被告が最初駐車した際、ギアをニユートラルに入れてあつたのに右エンジン点検の時これが外されていたためであるから、同被告自身不慮の災害であつて、同人の過失に因るものということはできないのである。なお、右車が発進した際被告北田は原告俊雄同節子が前方で遊んでいたのには気がつかなかつたものであり、又車を右両名に衝突させたことはない。即ち、もし、車を衝突させたものとすれば負傷の程度もより重症の筈であるから、右原告等の負傷は車に驚き逃避する際転倒して蒙つたものと思料される。

三、請求原因第四項の主張は争う。被告北田は、被告水野の牧場経営に必要な三輪トラツクの運転手として雇われ、牛乳(原乳)の配達、牛の飼料の運搬をその業務としていたものであつて、本件事故当日午前中右三輪トラツクで牛乳を南田辺駅前寺西牧場に運搬し、その帰途大黒町から飼料である「オカラ」を積んで被告水野牧場に帰来して業務を終え、洗車し、昼食後、休憩時間を利用して墨江映画を観るため赴く際、たまたま同劇場に持参すべき弁当が置いてあつたので序でに届けるべくこれをもつて右三輪トラツクに乗車して右劇場に至り附近の前記牧之瀬方附近に駐車し、右弁当を届けた後、前記のとおりエンジンの点検をしようとして本件事故を招いたものであつて、右弁当の運搬は被告北田に課せられた職務でないのは勿論、当日被告水野がこれを命じたものでもなく、被告北田において職務の余暇観劇の序でに全く自発的になしたに過ぎないのであるから、本件事故は被告水野の事業の執行につき発生したものということはできない。従つて、本件事故が仮りに被告北田の不法行為となるにしても、被告水野には何ら法的責任はないのである。

四、請求原因第五項の事実中、原告俊雄同節子が負傷し、森田病院越宗病院等で治療を受けた事実は認めるが、原告主張のような重症ではなく、又、原告等の蒙つたと主張する損害額は否認する。特に、原告栄一郎同つよゑが看護のため営業を休んだ事実はない。

なお、被告水野は道義上、原告に対し、森田病院、飯田病院、越宗病院、医科大学病院における治療費、各病院への交通費一切を負担した外数回の見舞品と更に事故当日から翌三一年三月一〇日まで毎日二合宛の牛乳を贈り、その他雑費を支出し以上合計金六万数千円を出捐して慰藉の意を表しているのである。

と述べた。(立証省略)

理由

一、原告俊雄が原告栄一郎とその妻である原告つよゑの次男、原告節子が同長女であり、昭和三〇年一二月二三日当時、被告水野が牧場を所有し肩書住居で牛乳の販売を業とし、被告北田が被告水野に雇われ同人の営業上使用する三輪トラツクの運転の業務に従事していたことは、当事者間に争いがない。

二、本件事故発生の経緯について。

成立に争いのない甲第一号証、同第七号証、同第三号証の一、二と証人牛尾勝巳、同秋田谷久江、同越宗正の各証言及び被告北田、原告つよゑの各本人尋問の結果並びに検証の結果を総合すると、昭和三〇年一二月二三日午前中、被告北田は前記三輪トラツク(大六ー六九九六二号)を運転して被告水野の牧場から牛乳(原乳)を南田辺の寺西牧場に送り届けて帰り、洗車して被告水野方で昼食をとり、午後の仕事(午後二時半頃から牛の飼料をとりに行く)までの休憩時間を被告水野が経営する墨江映画劇場で過そうと思い出かけようとしたところ、同映画館で切符売りをしている被告水野の妻に届けるべき弁当が置いてあつたので、これを持つて右三輪トラツクで同映画館に至り、附近の大阪市住吉区墨江西三丁目一九番地先路上南側に車を西方に向けて駐車し、右弁当を届けてしばらく映画を観、同日午後一時半頃、午後の仕事にかかるべく右車を運転しようとしたが、前記洗車の際エンジンに水が入つたような気がしたので、先ずエンジンを点検しようとし、車(運転台には扉がない型式のもの)の右側に立つて運転台に跨がることなく、右手でハンドル(枝ハンドル型式)を持ち、ハンドル右端にあるアクセルを廻しながら、左足でセルモーターを踏んだところ、チエンジングレバーがニユートラル(停止)の位置になく走行可能のローに入つていたため、エンジンがかかるや車が動き出したので、同被告はあわててブレーキをかけようとしたが、前方に数台の自転車を見、突嗟にハンドルを右に切つてこれを避け、なおも車につかまつて走りながら何とかブレーキをかけようとしたが、前示のとおり乗車態勢でなかつたためこれができず、折柄、右駐車位置の向側(北)前方約一四、五米先の自宅軒下で莚蓆を敷いて遊んでいた原告俊雄(満六年四月)同節子(満三年一〇月)の所在に気ずかず、そのまま同人等に向つて進行し、遂に右両名に車を接触させ、車は更に原告家及び西隣家に沿つて西方へ約七、八米進み、訴外北村方(東向きの家)表戸に衝き当つて停車したが、右車の接触によつて原告俊雄は脳震盪症、腹部急症、腹部挫傷の、原告節子は右第一骨部挫創の傷害を負い、被告北田もまた原告家の西隣家西南角の柱と車体に身体を狭まれて負傷した事実が認められる。

被告北田本人の供述によると、車を右原告両名に接触させていないというのであるが、右供述は、原告俊雄については前示症状(特に証人越宗正の証言によると、同人の診断の際俊雄はなお意識不明の状態にあつたことが認められる)に、原告節子については前掲証拠によつて同女は事故後当初遊んでいたところから西方(車の進んだ方向)約五、六米の位置に倒れていた事実が認められることに照してたやすく採用できない、のみならず、仮りに車が接触していなかつたとしても、前示認定の事実によれば、右原告両名の負傷は一つに被告北田の右暴走に因り惹起せられたものと認めるのが相当である。

三、被告北田の過失の有無、被告水野の責任について。

前示のように自動車のエンジンを起動する際、チエンジングレバーがニユートラル(停止)の位置になくてローに入つておれば、車は当然発進可能であるから、およそ自動車の運転手たる者は自動車のエンジンを点検起動する場合には、先ずチエンジングレバーがニユートラル(停止)の位置にあるか、走行可能の位置に入つていないかを確認してから慎重に起動操作をなし、かりそめにも車が暴走して不測の事故を惹起することのないよう万全の措置を構ずる業務上の注意義務があるものというべく、それにもかかわらず、被告北田は前示のとおり本件三輪トラツクのエンジンを起動するに際し、チエンジングレバーの位置の確認をせずに、漫然エンジンの起動操作をなしたのであるから、正に右注意義務を怠つた過失があるというべきである。なお、被告北田本人の供述によると、最初駐車した際チエンジングレバーをニユートラルに入れてあつたのを、誰かがいたずらしたようにいうが、仮りにそうであつても、右過失の認定に消長を来たすものではない。

次に被告水野の責任の有無について判断する。本件事故は、前示認定のとおり、被告北田が雇主水野の営業上使用する三輪トラツクを運転して午前中の牛乳配達の仕事を終え、午後の仕事までの休憩時間を被告水野の経営する映画館で過そうとし、右車を運転して同館に赴いてその附近に駐車し、その際同館で切符売りをしている被告水野の妻の昼食弁当を携行して届け、一時間余観劇して午後の牛の飼料を取りに行く仕事にかかるため、右車を運転すべくそのエンジンを点検中に発生せしめたものであるところ、被告等は、被告北田は自己の休憩時間に映画を観るために右車を運転したものであり、又右弁当の運搬は同被告に課せられている職務でなく、当日被告水野がこれを命じたものでもないから、右被告北田の車使用は同人の全く私的な行為であつて、そのような私用の帰途に発生した本件事故は被告水野の事業の執行につき生じたものということはできない旨主張するので考えるに、被告北田の主たる職務分担は牛乳及び牛の飼料の運搬であつて、右弁当の運搬がこれに属さないことが認められ、又被告北田が右映画館に赴いたのは同人の映画観劇のためであつて、右弁当の持参は第二義的なことであつたにせよ、本件事故は前示のとおり被告北田が右観劇後午後の仕事にかかるため本件車を運転すべくそのエンジンの点検(エンジンの点検が自動車運転手の職務であること当然である)中に発生させたものであり、被告北田本人の供述並びに弁論の全趣旨によると、右被告水野経営の映画館は同被告の自宅と近距離(五、六〇米位)に位置しており、被告北田がしばしば昼の休憩時間を同映画館において観劇に過すこと及びその際往復に本件車を使用することが使用者家族においてさしてとがめられる風にもなかつたことが窺われるので、本件事故は、これらの事情からすれば被告北田が被告水野の自宅において休憩後午後の仕事に就くべく本件車を始動するにあたり惹起した場合の事故と何ら差異を認め難いから、本件被告北田の運転(エンジンの点検)は雇主水野の事業の執行と解するに十分である。

そうだとすると、本件事故は、被告北田が被告水野の事業の執行につき過失に因つて発生させたものであるから、被告北田は不法行為者として民法第七〇九条により、被告水野は使用者として民法第七一五条第一項により、両名連帯(いわゆる不真正連帯)して、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるものといわねばならない。

四、損害賠償額について。

(一)、成立に争いのない甲第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証に証人越宗正,同水野アサ、同北条信治、同牧野瀬富美子、同松永キヌの各証言及び原告つよゑ、同栄一郎の各本人尋問の結果を総合すると、本件事故後、原告俊雄、同節子は直ちに近所の森本病院に運ばれ、俊雄は意識不明であつたので応急処置としてビタカンフアーの注射を受けた後、大阪市住吉区長峡町七番地の越宗外科病院に移り、同院で原告俊雄は脳震盪症、腹部急症、腹部挫傷、原告節子は右第一骨部挫創(親指の爪が全部剥離)と診断され、右両名は同日から同月二六日まで入院し、退院後も同月二八日まで通院して治療を受けたが、退院時俊雄は後遺症は予想されず、節子も骨折はなく、両名共経過良好に見えたのであるが、しかし、原告俊雄は退院後も何ともなく元気がないので、同月二八日頃府立住吉病院の診察を受けたが判然とせず、翌三一年一月一三日大阪市福島区堂島浜通三丁目の大阪大学医学部附属病院小児科の診察を受けたところ、流行性肝炎と診断され、同月三〇日までの間に数回通院治療を受けたことが認められ、そして、右流行性肝炎は、本件事故によつて必法的に惹起される病気ではないけれども、本件負傷によつて身体が衰弱し発病しやすい状態にあつたであろうことが推測できないこともなく、かつ、本件事故後短い期間に発病しているのであるから、他に発病の原因を認めるに足る証拠のない以上、本件事故と相当の因果関係があると認めるのが相当である。

(二)、そこで進んで、原告栄一郎主張(請求原因第五項の(一))の右治療に関して費用を支出したことによる損害の額について考えるに、原告主張の支出明細中、治療費、通院の交通費は治療に当然必要な費用であるけれども、昼夜の食事代については病人の療養のための栄養食以外のものは当然には必要な費用に該らないと解すべきところ、前示治療の事実に、原告栄一郎、同つよゑ各本人の供述及びこれによつて真正の成立を認めうる甲第一一号証を総合すると、請求原因第五項の(一)の事実中、1のうち通院交通費四八〇円、2のうち同三二〇円、3のうち同三二〇円、4のうち同三一〇円、5のうち同一六〇円、6の同一六〇円、処置料三二〇円、8の交通費六六〇円、9のうち交通費として六六〇円、10のうち同六六〇円、11の薬代及び交通費七五〇円以上合計金四、八〇〇円を本件治療のための必要費として支出したことを認めることができる(なお、右認定の交通は通常通院に必要な交通費と認めるのが相当である)。しかし、その余の主張事実については、右証拠をもつてしてはいまだこれを認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はないので、採用することができない。

(三)、次いで、原告栄一郎同つよゑの営業上得べかりし利益の喪失による損害の主張(請求原因第五項の(二))について考えるに、証人秋田谷久江の証言、原告栄一郎同つよゑの各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当時、原告栄一郎同つよゑが共々自宅から通つて大阪市西区立売堀南通四丁目一五番地日生市場内において、果物小売店を営み、毎日平均約一二、〇〇〇円の売上があり、一ケ月平均約九〇、〇〇〇円の収益を得ていたことが認められるとともに、前示子供の治療期間中はその看護のため平常どおり営業に専念することができなかつたものと推認するに難くないけれども、そのために生じた減収の額についてはいまだこれを認めるに足る十分な証拠はない。(右原告両名の供述及び前掲甲第一一号証の記載中には、右原告等主張の減収の事実に副うような部分があるが、他にこれを裏ずけるに足る証拠(例えば帳簿等)もないので、たやすくこれを信用するわけにいかない。)してみると、右原告等主張の減収による損害は、結局すべて証明がないことに帰するから、右主張は理由がない。

(四)、最後に、原告等の慰藉料の請求について検討する。

原告俊雄同節子は、本件事故によつて前示傷害を受けたのであるから、これに伴い肉体的苦痛を蒙つたことを認めるに難くなく、従つて、右苦痛に対する慰藉料を請求しうること当然である。原告栄一郎同つよゑについては、一般に直接の被害者以外の者が不法行為による精神的苦痛に対し慰藉料を請求しうるかどうか問題の存するところではあるが、およそ右精神的苦痛が社会通念に照し金銭をもつて慰藉されるに値する程度のものと認められる限り、その苦痛を受けた者(この範囲も社会通念による)に慰藉料請求権を認めるのが相当であると解すべきところ、前示のとおり原告俊雄は同人等の次男で事故当時満六才、原告節子は同じく長女で満三才であり、原告栄一郎同つよゑ各本人の供述によると、同原告等は本件事故によつて激しいシヨツクを受け、特に原告俊雄が負傷直後意識不明で医師から五時間経過するまで生死もわからないと告げられ正に気も狂わんばかりであり、その後も幼児のことであるだけに後遺症を気ずかい、医師も再三替える等治療看護に腐心し、その間親として甚大な苦痛を味わつたことを認めることができ、以上の精神的苦痛は社会通念上金銭をもつて慰藉すべきものと認められるから、同原告等も慰藉料を請求しうるものといわねばならない。

そこで、進んで慰藉料の額について考えるに、その算定にあたつては、原告栄一郎本人の供述によつて認めうる原告家が資産約三、〇〇〇、〇〇〇円を有し、前示果物店の外自宅でビニール加工業をも営み、月収合計額約一二〇、〇〇〇円を得ていること、前示本件事故の態様、負傷の程度、その他原告栄一郎同つよゑが果物店営業に専念しえなかつたこと等諸般の事情を考慮するのであるが、更に、被告は被告水野が本件負傷に対し、その治療費等の負担、見舞品贈呈等合計金六万数千円の出捐をして慰藉の意を表している旨主張し、そのうち金一〇、六八二円相当については原告のこれを認めるところである(その余については、証人水野アサの証言、被告水野本人の供述中、多少これに副う部分があるが、にわかに措信し難い)から、この事実をも考え合せると、結局、原告等の右苦痛に対する慰藉料額は、原告俊雄について金三〇、〇〇〇円、原告節子について金一〇、〇〇〇円、原告栄一郎同つよゑについて各金二〇、〇〇〇円をもつて相当とするものと認める。

五、以上の理由により、被告両名は各自、原告俊雄に対し慰藉料金三〇、〇〇〇円、原告節子に対し同金一〇、〇〇〇円、原告栄一郎に財産上の損害及び慰藉料合計金二四,八〇〇円、原告つよゑに対し慰藉料金二〇、〇〇〇円をそれぞれ支払うべき義務があるから、原告等の本訴請求は右限度においてこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴山利彦 高山健三 新居康志)

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